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tumblr_lcdiyjHveT1qb2cp4o1_500 中国語の部屋 Quote

ある密室があり、中には一人の男がいる。
見回すと四方平らで分厚い壁だけの部屋だが、一箇所だけ小さな穴が開いているのがわかる。
その穴からは、丸められた紙が頭を覗かせていた。
男はその紙を抜き取って目の前に広げてみたが、そこには男が見たこともない未知の記号が羅列されている。

部屋の中央にはテーブルと椅子、それから筆記具と分厚いマニュアルが一冊あった。
そのマニュアルには、男が手に持つ『未知の記号が書かれた紙』の『扱い方』が、極めて詳細に記されている。
まず、『差し入れられた紙の裏側に筆記具を使って以下の指示通りに記号を書き込み、丸めて再び穴に差し込め』とマニュアルの冒頭にはある。
以下、例えば『「○△+%&」と言う記号に対しては「▲=○×」と書き込め』などの指示がびっしりと示されていた。

ただし、どのページにも『未知の記号のそれぞれの意味』や『この行為の意味』などは一切書かれていない。
ゆえに、男は『今、自分がなにをしているのか』について知る由もない。

ただ男は、そのマニュアル通りに紙の裏側に記号を書き込み、それを穴に戻すと言う行為を黙々と続けている。
では、この時部屋の外では何が起こっていたのだろうか。
実はこの未知の記号とは中国語の漢字であり、部屋の外には中国人達が集まっていた。
中国人達は穴から返ってくる完璧な中国語の返事を目の当たりにしているので、『この部屋の中に居る人は中国語を理解している』と考えるであろう。

実際には、部屋の中の男は全く漢字の意味を理解しないまま、ただマニュアルに従って返事を書いているだけであるにもかかわらず、である。

ここで、この密室と密室の中にいる男を、一つのコンピューターと考える。
このコンピューターは中国語に対して完璧な返答をする能力を持っているが、中国語そのものを理解しているわけではなく、文字通り機械的に記号を処理しているだけである。

果たしてこのコンピューターを『知性を持った人工知能』と呼ぶことが出来るだろうか?

――――これが、哲学者ジョン・サールの発表した思考実験『中国語の部屋』である。
彼は知性を持った人工知能は実現不可能である、とこの問題で示そうとした。
また逆に、その意味を理解せずとも機能は成り立つ、とも示した。
人工知能の可能性については古くから重要な哲学的命題であったが、この『中国語の部屋』は、実装された人工知能の知性の有無を判断する『チューリングテスト』を発展させたものである。
チューリングテストでは、パソコンの画面越しに一人の審判が一人の相手と文字のみのコミュニケーションを図る。
この時、画面の向こうの相手が生身の人間であるかコンピューターであるのかを見分けられなければ、このコンピューターは人工知能として成立している、と言うわけである。

このテストに従えば、知性を持った人工知能は実現可能であり、それどころか、『木片を打ち付けた立て板とそこを転がるビー玉』のような極めて原始的な構造をもつ『コンピューター』でも、原理的には『知性を持ちうる』とされる。

これを否定、批判するために、上記の『中国語の部屋』は考えられたのだ。

しかし結果的に言えば、この設問にはいくつかの欠陥があった。
まず、このジョン・サールの主張に則ると、部屋中にあったマニュアルの製作者も中国語を全く理解していないことを証明しなくてはならないし、その状態で一体どのようにしてマニュアルが製作出来るのかも考えなくてはならない。

また、例えば中の男がイギリス人で、マニュアルが英語で書かれていた場合、もちろん中の男は英語の文章にはきちんと意味を理解した上で返答を書けるわけだ が、この時、いずれも外部から見れば完璧な『英語の返答』と『未知の記号(中国語)での返答』に、どのような機能的、知性的差異が見られるかが具体的に説 明出来ないのも、この設問の弱みであると言える。

このように、未だに人工知能の実現・実装については、哲学、工学、心理学など各方面で賛否両論の議論が巻き起こっているのが現状である。





source : 中国語の部屋 -アニヲタWiki-