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tumblr_li820owzAC1qza7yjo1_500 以前の「日常」に戻るのにちょっと時間がかかる Quote


あと、震災から1ヶ月となってきますと、私の個人的な昔話なのですが、私、昭和20年の8月6日当日、動員を食らって遠くに居たものですから(しかもその後、8月15日を迎えた)、帰郷が遅れに遅れて9月も中旬頃にノコノコと広島に帰ってきたんですね。

率直に言って、「何も無くなってた」だったんですね。
広島駅のホームから原爆ドームが見えたと云う様な事は以前に書かせて頂いたのですが、「何もなくなっていた」という事で、瓦礫や御遺体の撤去は大体、終った頃にノコノコと帰ってきた訳ですね。あの時に思ったことは「非日常が日常になってる」って事でしたね。

代表的な事を一つだけ書かせて頂きたいと思います。
ある日、どうしても溝が詰まる。ちょっと見てくれと云うことがありまして、どうにも布が詰まってる事が分かりまして、引っ張り出そうとした訳ですね。

どうにも出てこないので私も呼ばれた訳ですが引っ張ってみて、嫌な予感がする。
「この布・・・もしかして、人の服じゃないですか?」
嫌な予感が的中しましたね。
御遺体が入ってました。
驚いたとか云う話ではない。8月の暑い時を超えてますから損壊状況は最悪です。「わぁ」と叫ぶは腰を抜かすはひっくり返るの大騒ぎ。
でも、そんなの私一人なんですね。
「若いの・・・もしかして、初めてかい?」
みんな、慣れてました。
「こんな所で1ヶ月も可哀想に・・・」
名札だけは切り取って丁寧に洗濯した上でその場でお炊き上げして市の墓地に持っていく事をした覚えがあります。

こういうことが「日常」になるんですね。今までの生活が「非日常」になる。
 
で、「非日常」となった以前の「日常」に戻るのにちょっと時間がかかるんですね。物質的な物以上に精神的に。
広島で最後まで戻れなかった方々が「仁義無き戦い」で有名なヤクザ屋さんの方々。
ヤクザ屋さんは何人も知ってますけど、本当に心が荒んでましたね。みんなあの時のつらい経験を脱しきれては、いなかった様に思えます。
被災地にも若い方々が沢山居られると思いますので、その方々の心の方もちゃんと見てあげて欲しいと思わずにはおれないので、ちょっと書いてみました。

source : Qetimblr