例えば、『オウム真理教』の時代に<ツイッター>が存在していた、として考えてみよう。

機動隊が「オウム施設」の強制排除をやって居る場面を、ネット・テレビが中継している。
上祐が、世界に向けて「日本政府の非道」を、リアルタイムで送りつけている。

地球の反対側でそれらを目にし、耳にした市民達は、どんな反応をするだろうか。

テレビの画面には、完全武装の物々しい機動隊の大群が映し出され、ほんのわずかの「オウム信者」達が、施設の強制排除を、離れた所から不安そうな表情で見守っている。

世界中のほとんどが『オウム』の何たるかは知らない。
それどころか、日本と言う国の実態も、実はよく知らない。

そして、あの上祐が「理路整然と」政府批判を繰り返し、国家権力の実力行使に怒りと悔しさを発信し続けている。

世界中の98%は、オウムが可哀想な被害者で、日本国政府が「極悪非道な」独裁者に思われてしまうに違いない。

昨日11日夕刻から、私はアルジェに24時間滞在した。

その間、アルジェでデモ行進が呼び掛けられていた午前中、「現場からお伝えしました」を地で行こうと、ツイッターで発信を始めた。

しかし、前夜ブログの更新の際に、部屋での「無線LAN」が機能せず、やむなくロビーの『インターネット・コーナー」で座り心地の悪いイスで、周りの他の宿泊客に気を使いながらかなりの時間を費やしてしまった。

就寝中にMacの充電プラグは差し込んでおいたのだが、後で分かった事は「部屋の明かりのスイッチ」を切ると、一緒に切れてしまうコンセントに繋いでいたらしかった。

案の定、やがて電池切れで、お手上げ。
何たる不注意。

情けない事この上無し、と言う状態で、あちこち移動して、夕刻まで再開出来ない有様であった。

遅くパリに帰着し、ツイッターにアクセスしてみて驚いた事に、『アルジェリア・ハッシュタグ』なるものが出来て居り、山ほどの『意見』が飛び交っていたでは無いか。

非常に参考になるものも多かった。

しかし、「何も知らんくせにホザクな」と言うものも多いのに驚いた。

このパリに暮らして居ると、アルジェリアの事は、実に多くの情報がもたらされる。
ニュースに、「アルジェリアの事が登場しない日は無い」と言うと大げさだが、それに近い物が有るのです。

フランスの植民地時代の苦悩。
独立戦争での人的物的損傷。

独立直後の、フランスからの経済援助の中止に依る経済的困難。

旧宗主国フランスとしては、拒めない「アルジェリア移民」の急増に依る、仏国内での多くの問題を抱えて、植民地時代から続く差別被差別が日常化し、アルジェリアでも、フランスでも、軋轢とトラブルとが絶えない関係が、ずっと続いていた。

そのアルジェリア国内にしても、北部都会に居て、政治と経済とを牛耳っている『アラブ人』と、南部砂漠地帯にいる、経済発展の恩恵に浴す事無く、昔ながら の生活を続ける、旧遊牧民族『トウアレグ人』(アレジェリアはベルベル人では無いのです)との搾取被搾取と差別、そのた、一番過激な(今回のデモを主導し た)北部海岸地方の『カビリ人』その他、複数の民族対立と言う問題も抱えている。

独立後続いた「社会主義政権」を91年に、イスラム原理主義政党が政権を握り、西欧世界による経済封鎖が始まり、更にイスラム原理主義過激派一党独裁政権を、軍部のクーデターが倒し、軍事独裁政権に取って代わられた。

その度に、経済制裁は厳しさを増すばかり。

さらに、1994年のエール・フランスのイスラム過激派に依るハイジャック事件が発生し、西欧の経済封鎖は、極限にまでたかまり、国の経済は壊滅後退となる。

その後の国民に依る民主化運動が高まり、1999年の「普通選挙」により、現大統領ブーテ・フルカが登場した。

軍部独裁政権時代から、追われた「イスラム過激派」は、掃討されながらも、一部がアトラス山脈奥深く逃げ込み、山賊化して行く。

イスラムの祭日に度に、特に新月の深夜、山村に出没した山賊過激派が、村人を数十人単位で虐殺し、国民は恐怖のどん底に陥れられてしまった。

臨月の母の腹を切り裂き、胎児を取り出して、家族の前で焼いて喰う等と言う、非道で猟奇事件が繰り返された。

当時、ニュースでその事を知り、理解不能な国だと思わざるを得なかった。

その頃現地の知人に聞いてみた所、「イスラム過激派」と言い習わされてはいた物の、その実態は野生化して暮らす原始人の様な連中で、精神的にも異常をきたした、「非人間」と見なされていたという。

ブーテフルカ現大統領は、国内の「イスラム勢力」との和解に成功し、かつ夜盗には徹底した掃討作戦を実行しながらも、投降する者は許す、という融和策を取り、国内治安を着実に確立して行く。

尚かつ、西欧世界との関係正常化に乗り出し、経済制裁の解除に成功し、国内外に開かれたアルジェリアの再構築に務めて来た。

私自身、そんなアルジェリアに、行き来する様になって、早や11年がたとうとしている。

始めて現地入りした11年前、アルジェリアの後進性に驚いた者だった。

あらゆるインフラは朽ちかけていた。
走り回っている車は、既に20年をへた代物。
路線バスに至っては、ぼこぼこでサビだらけのボンネット・バス。

人々は、ウンカの大群の如くに群がり、延々長蛇の列に絶えながら、皆笑顔であった。

なぜ<笑顔>なのかが分かったのは、しばらくしてからだった。
彼等が言う事は、「軍事独裁でもなく、イスラム過激派独裁でもない」民主国家をやっと手に入れたのだ、と。
そして、「経済封鎖も解かれ、アルジェリアは、これから大発展するのだ」という希望に、満足そうであったのだ。

その後、躊躇するフランスを尻目に、欧米企業が続々と進出し、世界的に有望な天然ガスと、良質の石油の輸出が、再びが軌道に乗ると、アルジェリアは「みるみると」発展して行った。

広大な国土の8割は砂漠である。

その隅々まで国道は舗装状態が完璧にメンテされている。
砂漠の最深部の集落まで、新鮮な野菜が出回っている。

個人に認められていなかった「銀行ローン」が解禁され、国民は競って新車を購入した。
持ち家制度の為の優遇税制が行き渡り、国中で建築ラッシュである。

ソ連崩壊直後の東欧と競った「古色蒼然」とした路線バスは、殆ど新型の輸入品に取って変えられた。

そのような状況の国に住む彼等が、本気で「政府を転覆したい」と思うだろうか。

日本のニュースでは、『アルジェリアでも民主化を求めるデモが発生し』と言っている。

アルジェリアは、圧政に苦しむ「独裁政治下におかれた国」では無い。

そのような、現地の背景も、国民の日常も知らずに、「民主化を求めて」とか軽々しく言って欲しくない。

ましてや、現地からの一部のツイートで、やれ「可哀想」だの、「次はアルジェリアだ」などと、聞いた風なコメントを垂れ流して欲しくない。

オウムの上祐が現場からツイートしたからと言って、それを目にした欧米人が「日本は宗教を暴力で弾圧する野蛮な国家」であるから「助けよう」などと言う声が、ドンドンその輪を広げているとしたら、諸君はどのように感るだろう。

日本社会の構造と、歴史の背景。
その中で育まれて来た宗教観。
そして、その日本で狂い咲いたテロ宗教の出て来た意味合い。

その彼等が引き起こした、非人道的悪行の数々と、それが与えた社会的影響。

そのような事を理解せず、ある瞬間の外見的側面のみを見て、「勝手連」を作って応援してくれると、困るだろう。

勿論、アルジェリアは『非常事態宣言』下にある。
19年間、ずっと布告されたままである。

アルジェリアに始めて降り立つと、警察官の多さに圧倒されるだろう。
あらゆる幹線道路の、あらゆるロータリーに警察官が配置されている。

空港へのアクセスは、多くの<シケイン>を作り(車線の数を規制して交通速度を落とさせる)、警察官が車内を覗き込む。

空港は、玄関をくぐる時点から、機内に乗り込むまでに、10回程もパスポ-ト検査が有る。
主立ったホテルは、敷地の入り口にに監視ゲートを作ってあって、トランクとボンネットを明けて確認する。

玄関には、エックス線に依る危険物探知機があり、手荷物は必ず検査される。

とにかく鬱陶しい事甚だしいのです。

現地に行く度に、煩わしさは募るばかり。

しかし、現地の人々は、不満に感じては居ない。

それは、政府が国民を弾圧する為では無く、10数年続いた一部国民に依る凄惨なテロを、二度と再び引き起こさせない為の、必要な過程である事、を理解している。

彼等に「アルジェリアは日本とは違うのだよ」と、笑いながら言われてごらん為さい。

それまでに彼等が経験した歴史への反省と、再び繰り返さない、という彼等の意識を感じてごらんなさい。

そして、今手にしている社会が大切な者である事を、自覚している国民の気持ちが、分かるだろうか。

ここ5年で、廃墟同然であった国鉄の線路も再生されつつ有る。
高速道路が地中海岸を、西から東へと完成している。

国民は、「先進国」の商品を、次々と購入し、国中に欧米と韓国のメーカーの看板が反乱している。

要するに、そのような一気に回復しつつ有る国の、その繁栄に乗り損なった一握りの不満分子がデモをやる事は、何処の国でも(日本以外では)当たり前の事なのだ。

そして、警官が実力行使をする事も、当たり前の事だ。

アルジェリアではデモは禁止されていない。
しかし、許可の下りていない無届けでデモは、しっかり警備する。
そして、デモ隊があばれ始めれば、警察は当然介入する。

ネットに「これ見よがしに」拡散されている警官に依るデモ隊員への実力行使程度の事は、ヨーロッパでは、日常の事である。

あばれれば、催涙弾は当たり前。

デモすらやった事の無い、「沈黙の羊の群れ」の如き、今の日本の若者にはショックなのだろうけれど。

度を超えてあばれれば、平定する。

国が国民を返りみた政治を行わない日本。
官僚だけが潤い、繁栄し、大企業だけが肥え太る日本。
デフレが止まらない経済状態で、増税する日本。

こんな国に住みながら、デモの一つも起こせない様な連中が、遠い他国の一部のデモに、変な肩入れ等する物では無い。

『ツイッターの<アルジェリア・ハッシュタグ>』より。

<そう。ブーテフリカは軍が操ってるから辞めても意味ないし、何もかわらない。QT @: 「アルジェリアの戦いは、チュニジアやエジプトとは違う。市民の敵は軍隊なのだ。」現地からのツイート>

<アルジェリアはエジプトより厳しそうに見える…。知ること、見つめること、伝えること。声をあげて動いている人たちに、それが少しでも力になってくれればいいな…<>

<写真。パリで、エジプト人とアルジェリア人が、一つになった!素晴らしい>

<それが独裁なのですよ。中国国民が中国共産党の崩壊を望んでいますか? 独裁が何かとは客観的に判断されなければなりません>

<「多くの反体制派はまだ警察に拘束されている。国外メディアがすくない。」といったアルジェリアからのツイート。やっときた(^^)>

<ちょっと調べたところでは、不正選挙だったということで野党が批判していたようですね。あと、ここはエジプトと同じで約20年間戒厳令が出っ放しのようですから、恣意的な逮捕、拘束はできますね>

<次はアルジェリアか。イベントは続くねぇ。独裁者諸君も脇が甘過ぎなのではないかな>

<アルジェリア、デモの逮捕者は報道陣も含めて何十人も出ている。ビザ出しておいて、逮捕というのもなんだかなあ。預言者の聖誕祭のために街中で売られている爆竹を面白半分に鳴らす若者も多いとか。>

< 私はこのデモに対するアルジェリア政府の対応を支持するつもりはありませんけどね。アルジェ行の電車を止めたり、実際に多くの人が逮捕されているのだろうし。しかしそんなことをしても大方の国民の支持をとりつけられると権力側は思っているだろう。>

この様な、「ゼミの討論」の様なコメントは、残念ながら現地の状況とは、何ら関係性を持ち得ない。

まあ、日本と言う井戸の底に届く、一部の情報を、世界的視野の育っていない人々が、自分の物差しの範囲で判断しようとすると、やむを得ない事では有ろう。

今回の短いアルジェ滞在中にも、道で出会った多くの人達としゃべった。
そして、デモを支持するか、聞いてみた。

「支持するかって?支持するなら今こんな所に居ないよ」
「あいつ等は、不満分子だから。不満を言う奴は日本にも居るだろ?」
「迷惑なんだよ。」
「俺たちアルジェリアは、エジプトとは違う。」

ほとんどが、このような答えであった事を、記しておきたい。

最後に、私が<リツイート>した、次の『呟き』を、転載する。

【正解。RT @ryokikuzaki 日本からだとインターネットでの動画中継を通じて現地の様子がわかって、それをtwitterやfbで知ったから、「ネットすごい!」と感じてるだけなん じゃないの。違うのかな。僕らはその同じネットで、デマに踊らされ・偽情報を拡散し・都合のいい答えに飛びつく・のを繰り返してるんじゃないの? 】

圧政に耐えて来た国の人々が起ち上がった事を、身近な感覚で受け止め、心配し、応援する事は素晴らしい事だ。

source : しかし、余り『祭り』にして欲しくない。 アルジェから帰仏して感じた事は / 『ネット世界は、諸刃の剣、良薬はしばしば劇薬である事が多い』  – 晴れのち曇り、時々パリ

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