これは書いてもかまわないと思うが、事件が起きた集落(津山市というよりも加茂町に属する。本来この事件は加茂三十人殺しと呼ばれるべきものだ)に乱れた性風俗があった、と喧伝されたことについて、若干の反論がされている。その集落では夜這いの慣習が盛んで、結核を病んだために夜這いの輪から外された都井睦雄が憎悪をみなぎらせていった、というのが定説である。
 石川の主張は、夜這いの慣習は当該の集落だけではないし、その地方のおおらかな性風俗の中では当たり前のことだったというものだ。異常さが強調された報道がまかりとおった背景には、戦時下という事情が関係している。若者の出征が多かった時代には、後に残された妻の身持ちが固く、律儀に貞操を守っているという保証がなされる必要があった。夫以外の男と性を謳歌している地方があるということが公になるなど、とんでもなかったのである。そのために当時は、都井睦雄及びその周辺の人物を特別に淫奔な人間として強調する必要があった。そうしたバイアスのかかった報道に、後の研究家たちはみな引きずられているのではないか、と石川は言う。

Wikipedia : 津山三十人殺し

source : 津山三十人殺しの新たな「真相」 – 杉江松恋|WEB本の雑誌

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