補足公判記録

第8回公判にて
国選の松永弁護団による主任弁護士による被告人質問
弁護士「虎谷久美雄さんが亡くなった原因は?」
松永「風呂掃除をしているとき、壁に頭が当たり、床に転び頭部と腹部を打ったためです」
弁護士「誉さんの死因は?」
松永「純子が通電しているとき、誉さんが倒れるのを目撃したけど、殺意はなかったと思う。私自身は『緒方家のことやけん、お前たちで話さないか』と言っただけでもちろん、殺意はありません。誉さんは高圧ガスの取り扱い免許を持っているので収入が期待できた。生きていて欲しかった」
弁護士「緒方静美さんの殺害は?」
松永「私は殺害現場をみていないけど、理恵ちゃんが『夫が母を殺した』と教えてくれた。誉さんを殺したのは純子だから、そのことを静美さんが口外するのを恐れていた。静美さんはてきぱきした人で私の右腕だから殺害を指示することはありません。しかし、私と静美さんは男女の仲だったので純子の実母への恨みが現れていた。」
弁護士「緒方理恵子さんの殺害は?」
松永「主也さんとは過去の理恵ちゃんの男性関係のことで不仲だったから、北九州のビジネスホテルで妻の首を絞めて殺そうとしたことがあります。理恵ちゃんは美人でクラブ勤めをするとナンバーワンになれる。活躍してもらうつもりでいたから私に殺す理由などない」
弁護士「緒方主也さんの殺害は?」
松永「前日まで元気で、私が大分県中津市の運転手役を務めて。待ち時間の間てんぷらウドンの食べすぎでおかしくなった。私に殺意はないです」
弁護士「緒方優貴くんの死亡は?」
松永「後で純子から『彩と二人で首を絞めた』と聞いた。私の指示や誘導はありません。優貴くんの実家は孫をかわいがっていたので優貴くんを帰せば金を出してくれる。しかし、純子は『いずれに優貴に復讐される』と恐れていました。」
弁護士「緒方彩さんの死亡は??」
松永「純子と沙織が私が指示や誘導したことはありません。彩ちゃんは美人だから将来は利用価値がある。15歳になったら京都の舞妓さんにするつもりでいた。何千万円も得られるから、私に殺す理由はないです。むしろ純子が彩ちゃんの口を封じたがっていた」
弁護士「7人の犠牲者のうち死体を見たのは?」
松永「虎谷久美雄さんと緒方誉さんだけです。他の人の解体で話し合ったのは内蔵を煮込む鍋の火の調節のことなど」
弁護士「二十年、緒方純子と暮らして二人の関係は?」
松永「夫婦ですが、日本の伝統的な雷オヤジと家長を併せ持ったような感じです」
弁護士「純子はあなたの言うことを聞いていたか?」
松永「聞くときもあれば、聞かないときもある。聞かないときはゲンコツで殴るか、通電する。通は秩序維持型でしつけの意味がありゲンコツと同じです」

第11回公判にて
検事「浴室にある窓はどうしていた?」
緒方「光が外に漏れないように黒いビニール袋で覆っていた。松永の指示です」
検事「まず、虎谷久美雄さんの頭部を切り離したのですか」
緒方「はい」
検事「まず、頭蓋骨を切開した?」
緒方「いいえ、まず頭部を胴体から切り離す方が先でした。」
検事「頭部をどこに置いたのですか?」
緒方「ポリバケツに入れて蓋をして浴室の床か、浴槽の中に置いた」
検事「誰が脳を取り出しましたか?」
緒方「私が手にとり、頭蓋から取り出しました。そのときは松永も来ており、虎谷沙織も浴室内にいました」
検事「マンションの浴室は狭いでしょう?」
緒方「いつもそう思っていました。虎谷久美雄さんを解体した経験から、浴槽に遺体を入れて作業をする方が楽でした」
検事「脳みそを入れたバケツに内臓も入れましたか?」
緒方「柔らかい部分だからそうしたと思います。久美雄さんは最初だから色々、試行錯誤しました。その後の緒方一家のように合理的にやれなかったのです」
検事「虎谷久美雄さんの脳に血は付いていませんでしたか?」
緒方「はい。血は見ていません」
検事「どの時点で見たのですか?」
緒方「イメージとして頭頂部を切り開いて脳を取り出したように映るかもしれませんが、素人が普通の道具でするのは難しいので、下あごの部分から切ったのです」
検事「脳が見ましたか?」
緒方「まだ見えません。自分にできるところからやろうと思い切れるところから切ってったのです」
検事「どうやったら?脳が見えたのですか?」
緒方「もう少し切り離して私が脳を見たのは自分の手で取り出してからです。頭蓋骨の中に収まっているのを眺めたのではありません」
検事「脳に血が滲んでいるのは、手で取り出してみて初めて分かった?」
緒方「はい。見た時間はそれほど長くはないです。手にしたの脳は柔らかくて、触るとボロボロに崩れそうだから『死因は脳障害だろう』と思いました」
検事「形が崩れていましたか?」
緒方「ずいぶん用心して取り出したから、形をなしていたように思います」
検事「その時、虎谷沙織も横で見ていたのですか?」
緒方「浴室内にいたと思いますけど、よく覚えていません」
検事「洗面所に立ってみていた松永は?」
緒方「私が見た脳の状態について、きちんと松永に報告しています」

第12回公判にて
検事「松永は虎谷久美雄さんは浴室で転んで死亡したといっているが?」
緒方「いいえ。そんな話は聞いていません」
検事「久美雄さんの脳を最終的にはどうやって取り出したのですか?」
緒方「薄い膜を剥がすようにして下顎から取り出したのです。下部から切った頭部を逆さにしてお椀を持つようにしました」
そこで検察官が取調室で松永が描いた虎谷久美雄さんの頭部を切開したときの脳の状態のスケッチを証言台の緒方に示した。
検事「松永は『脳に血糊がべったりついていた』と説明文を付けているが?」
緒方「実際に私が見たものと、全く違っています」
この絵では頭頂部を切り開いて、脳の状態を示していますね。それで両目が上部についています。
緒方「私は下顎から脳を取り出したので、この絵は上下が逆です。全く状況が違うから図鑑か何かを見て描いたんじゃないですか?」
検事「あなたが脳障害を疑ったのはなぜでしょうか?」
緒方「死ぬ前に変な言動があったからです。正常な脳を取り出したことがないので私には分かりませんが、密度が濃くなくてボロボロだったから、現実とリンクさせて、そのように感じたのです」
検事「脳の一部が腫れる、へこんでいたとか?」
緒方「それはなかったと思います。下から切ったので大脳しか見ていませんけど」

緒方「覚えているのは薄い膜から剥がすような形で脳を取り出しました。頭を逆さまにして、お椀のようにして、そこから取り出しました」
緒方「手にした脳はもっと密度が濃いというか、引き締まったものだと思っていたのに、触ったときに『えっ、こんなにボロボロなの』と思った」

緒方「自分が生んだ二人の子供たちに恥ずかしくないように、私がしたことを包み隠さず正直に話して、きちんと刑事責任を取りたいと思います」
検事「久美雄さんを解体するとき(当時)3歳の長男は?」
緒方「マンションの和室で松永に面倒を見てもらっていました。ある時期から作業のメドが立てば他の用事もしていたのです。色々な工程がありますのでね」
検事「溶かした内蔵などペットボトルに入れて外へ捨てに行ったのですか?」
緒方「出産の直後までそうしていました。何しろ初めてのことですので1ヶ月弱かかりました」
検事「それで全てが終了した?」
緒方「いいえ。全てが終了するのは出産した後でした。『煮込み』と申しまして鍋の中に骨と歯が残っていたから海に投げ捨てました」
検事「骨などを海に投げ入れるとき松永とあなたと沙織の三人で話したことは?」
緒方「弔いの意味ですね。解体そのものがそうですし、『海に投げるのは水葬である』と」
検事「久美雄さんの解体で髪の毛はどうしましたか?」
緒方「頭皮をはいだものに毛が付いており、それを虎谷沙織がカミソリで剃りました。剃った後の皮膚に傷とか出血はありませんでした」
検事「頭蓋骨は?」
緒方「綺麗な形をしており、それを虎谷沙織が切り刻む」
検事「あとの6人の頭髪は?」
緒方「まとめて溶かしました。松永が考えたことで毛髪を溶かす洗浄液があります」
検事「肉をミキサーにかけてドロドロにしましたよね?」
緒方「久美雄さんのときは切り刻み、ジョウゴでペットボトルに入れました。ミキサーを使用したのは緒方家の解体のときからです」
検事「主婦の知識としてですか?」
緒方「いいえ。久美雄さんの時から内臓はミキサーにかけましたが、緒方家のときから、松永の指示で肉もミキサーにかけました」
検事「なぜ、松永はそれを知っていたのですか?」
緒方「わかりません」

第17回公判にて
検事「久美雄氏の食事時間は16分、19分、23分と細かく制限されていた。どうしてこんな中途半端な時間なのか?」
松永「食べる時間を見計らったまでのことです」
検事「なぜ、食事時間を制限したのか?」
松永「もっちら、もっちら食べよるわけですからね。どこもそうやって約束事やルールがあるんじゃないですか」
検事「あなたは衰弱した久美雄さんに粗相してしまった大便を食べさせたことを認めましたね?」
松永「本人は大便やないと言いよったんですよ。後で正露丸飲ませよったんですけどね。大便やないち、言い張ったから」
検事「小便や鼻くそ、吐寫物まで食べさせ、風呂場で寝起きしていた久美雄さんに厳冬期なのに水シャワーを浴びせた」
松永「愛情だと思います。水シャワーは風邪をひかんようにするためです」

第20回公判にて
17歳で保護された少女A仮称虎谷沙織が初めて証言台へ立つ。裁判所は「ビデオリンク式」を採用した。別室で、裁判官と弁護士検察官とモニターで向き合うが、傍聴人被告人とは顔を合わせない。
検察官「学校から帰宅後、父親が亡くなったとき、すぐに解体作業をしたのですか?」
少女A「いいえ。松永と純子と3人で和室で酒を飲みました」
検察官「あなたは、当時11歳で小学5年だったでしょう?」
少女A「以前から、松永にビールを飲まされていました。私自身はちっとも美味しいとは思わなかったけど」
検察官「その時、松永は何か持っていましたか?」
少女A「殺人マニュアルという本を私たちに見せました。死んだ人の写真とか絵とか。外国人のようでしたけど、よく覚えていません。大学ノートよりちょっと大きな本で、他にも数冊ありました」
検察官「それで何を最初にしたのですか?」
少女A「松永が『まず、血抜きをしよう』と言い、緒方純子と私が二人で首と手首の血管を切り、血を流しました。それをシャワーで水をかけ浴室で洗い流すのです」
検察官「血を流す切り込みは?」
少女A「緒方と私が、一緒に包丁を持って切りました。初めに切込みを入れたのは緒方だと思います」
検察官「切込みを入れた部位は?」
少女A「首です」
検察官「どうして、そういうことになったのでしょうか?」
少女A「緒方と松永に言われて、私も包丁の柄を握りました。二人で一緒に持ち切込みを入れたのです」
音声で証言を聞いた司法記者の印象「19歳にしては幼い気がした」
10歳から17歳まで実質的に監禁されていて小中学校も欠席がちに通って社会生活は無きに等しい。だから幼い声には説得力があった。

第45回公判にて
殺人罪などに問われた緒方純子被告(42)は、共犯の松永太被告(43)が、緒方被告のめいの彩(あや)さん(死亡時10歳)に対して行っていた通電虐待について、「(一連の殺人事件を)他人に漏らさないための指導と思っていた」と証言した。
 松永弁護団の質問に、緒方被告は「彩ちゃんは、松永から通電される度に『何も言いません』と繰り返していた。将来、監禁生活から解放するための指導と思っていたので、頑張ってほしいと思った」と述べた。
その後に松永被告が緒方被告に「(遺体を解体する時に)彩ちゃんが太っていたら大変だから、あまり食べさせなくていい」と話し、殺害をほのめかすようになったという。

第50回公判にて
。緒方純子被告(42)の家族5人が生前、共犯の松永太被告(43)と交わした会話の録音テープを検察側が証拠として提出、法廷で再生された。
 検察側は「会話は松永被告が常に主導しており、家族を支配していた一端がうかがえる」と話している。
テープの録音時間は7分15秒。緒方被告の父誉(たかしげ)さん(死亡時61歳)らが、松永被告の指示で借金したことをめぐり、ほかの親族とトラブルになったことを記した書面を、松永被告が家族に読ませたり、質問したりしており、緒方被告のめいの彩(あや)さん(同10歳)は「今は平成9年10月6日午前1時です」と答えていた。両被告が暮らしていた小倉北区のマンションにあったという。

第53回公判にて
殺人罪などに問われた松永太被告(43)は、共犯とされる緒方純子被告(42)の母静美(しずみ)さん(死亡時五十八歳)と妹理恵子さん(同三十三歳)の殺害について「自分の知らないところで緒方被告が主導した」と、改めて関与を否定した。
 弁護団の質問に、松永被告は「緒方被告が、妹婿の主也(かずや)さんに対し『(二人の殺害は)松永被告から内諾を得た』と話していた。実際には内諾していないが、主也さんは緒方被告を信じて二人の首を絞めた」と述べた。

第54回公判にて
殺人罪などに問われた松永太被告(43)は、緒方純子被告(42)について「自分を共犯に巻き込もうとして、うそをついている」と非難した。「(同居していた人々が次々に殺害されるという)同じ事実を体験しているのに、緒方被告らと異なる主張をするのはなぜか」との検察側の質問に対して答えた。
緒方被告のおいの優貴(ゆうき)君(死亡時五歳)殺害について、監禁被害の少女(現在は二十歳)が「松永被告から足を押さえるよう直接指示された」と証言していることも、「少女がうそを言っているか、勘違いしているだけ」と否定した。

第56回公判にて
殺人罪などに問われた緒方純子被告(42)は、一連の殺人事件への関与を否認する松永太被告(43)について「見苦しい」と非難した。
 検察側が緒方被告に「(松永被告から殺害を指示されたとする)あなたの供述と松永被告の供述で、食い違いが多いことをどう思うか」と質問したのに答えた。
 さらに、「松永被告に罪を押しつけて量刑を軽くしたいなどと考えているか」との質問には、「そういうつもりはありません」と述べた。
 松永被告は、これまでの公判で「緒方被告が自分を(共犯者として)巻き込もうとうそをついている」などと供述している。

第57回公判にて
殺人罪などに問われた緒方純子被告(42)は、一連の殺人事件の黙秘をやめる意向を共犯の松永太被告(43)に弁護士を通じて伝えた際、松永被告から「死刑になりたくないから、(黙秘を続けて)助けてほしい」との返事があった、と証言した。
検察側の質問に対し、緒方被告は「めいの彩ちゃん(死亡時十歳)殺害容疑で逮捕された二〇〇二年九月当時、実行犯の自分の方が責任が重いと思っていた。正直に話せば、実行犯でない松永は死刑にならないと考えて『黙秘をやめる』と伝えた」と述べ、「死刑になりたくない」という弁護士の伝言は「意外だった」とした。さらに、「公判を松永被告と分離せず、一緒に法廷に立っているのはなぜか」と尋ねたところ、「公判を通じ、松永という人間を見定めたいと思った。自分の口で真実を話してほしいと思っていたが、見苦しい言い訳を重ねており、ぶざまだと思う」と批判した。

第61回公判にて
松永太(43)と緒方純子(42)の両被告に殺害されたとされる緒方一家の親族三人と、監禁被害に遭った女性(20)(事件当時未成年)の祖父母が初めて証人として出廷した。
緒方被告の叔父(59)は、昨年七月に営まれた一家六人の告別式で、遺体が一人もないため、空の骨つぼに写真を入れたと証言。「松永被告への憎悪が日に日に増していく。死刑にしてほしい」と怒りをあらわにした。一方、監禁被害女性の祖母(74)は「両被告とも被害者にひどい虐待を加えており、極刑にしてほしい」と述べた。
検察側は、緒方被告のめいの彩(あや)ちゃん(死亡時十歳)の殺害方法について、通電による電撃死としていたのを、電気コードを使った絞殺と訴因変更した。

第62回公判にて
殺人罪などに問われた松永太(43)、緒方純子(42)両被告に殺害されたとされる緒方被告の妹婿、主也(かずや)さん(死亡時三十八歳)と長女彩さん(同十歳)、長男優貴君(同五歳)の遺族三人が証言した。
主也さんの母親(73)は、主也さんに初給料で買ってもらった腕時計を身につけ、他界した夫の遺影をそばに置いて証言。「(緒方被告は)母親なのに、なぜ孫まで殺害したのか」と非難した。
主也さんの兄(47)は主也さん一家の遺骨や家族全員の写真がないため、合成した集合写真に毎日、手を合わせていると明かした。
弟(41)は「両被告は極刑にしてほしい」と訴えた。

第65回公判にて
殺人罪などに問われた松永太(43)、緒方純子(42)両被告に監禁、暴行された女性(43)の証人尋問が行われた。女性は尋問中、動悸(どうき)が激しくなり、途中で中止された。
 女性が心的外傷後ストレス障害(PTSD)で現在も通院していることから、法廷外の別室にカメラを置き、モニターを通して尋問が行われた。
暴行を受けた際の質問に対し「考えるのもおぞましい。松永被告の姿はこの世のものと思えない」と話したところで言葉が続かなくなり、尋問は中断。再開後も体が硬直して話せず、三度目の中断時、付き添いの臨床心理士が「今すぐ病院に搬送したい」と述べ、打ち切られた。女性はこの際、「もう一言だけ話したい。松永被告を極刑にしてほしい」と話した。
起訴状などによると、女性は、一連の殺害事件が発生する前の一九九五年夏から松永被告と交際。結婚をほのめかされ、九六年十月に同市小倉南区のアパートで、緒方被告らも含めて同居するようになり、翌九七年三月に逃げ出すまで、通電などの虐待を受けたとされる。

第67回公判にて
殺人罪などに問われた松永太被告(43)は、共犯の緒方純子被告(42)との間にもうけた長男(11)と二男(8)について質問され、初めて公判で涙を見せた。
松永被告の弁護団が「緒方被告は公判で『(一連の殺害事件後に)松永被告から、子供二人を殺害したうえで、自殺しろと指示された』と話しているが本当か」と質問。松永被告は涙を流して「子供のことは本当にかわいいと思っている。緒方被告はうそをついている」と答えた。
さらに、身柄を拘束されて子供に会えないことについて「自分が望んでいることではない。いつか会うことが出来れば」と声を震わせた。

第69回公判にて
殺人罪などに問われ、否認を続けている松永太被告(43)は、共犯の緒方純子被告(42)の家族ら七人が殺害されたことについて、「(自分は殺害に関与していないので)正直に言って、非常に迷惑している」と述べた。
裁判官が「(小倉北区のマンションで)一時は一緒に生活していた七人が、次々に亡くなったことについてどう思っているか」と尋ねたのに答えた。
さらに、「(被害者への)通電による虐待は残酷な行為ではないか」との質問には、松永被告は「共同生活の規律を守るためで、学校の先生のげんこつと一緒。残酷だとは思わない」と反論した。
検察側はこれまでの公判で、一連の殺害事件は松永被告の指示で、緒方被告らが実行したと主張。松永被告は「指示したことはない」と関与を否定している。

第72回公判
殺人罪などに問われた松永太(43)、共犯の緒方純子(42)両被告に対する実質的な審理が終了した。
監禁致傷罪などについての両被告の初公判は2002年6月に行われ、03年5月の第3回公判から殺人罪での審理に入った。
7件の殺人事件について、松永被告側は傷害致死罪の適用を求めた1件を除き、無罪を主張。緒方被告側は5件の殺害を認め、2件は傷害致死罪の適用を求めている。
論告求刑公判は3月2日、緒方被告側の最終弁論は4月27日、松永被告側の最終弁論は5月11日。判決は早ければ6月にも言い渡される見通し。

2005年3月2日 論告求刑公判

7人の命を奪い、殺人罪などに問われた松永太(43)、緒方純子(43)両被告の主張が真っ向から対立する中、検察側は326ページもの論告を用意し、「遺体なき大量連続殺人事件」の核心に切り込んだ。2002年6月の初公判から2年9か月。満員となった福岡地裁小倉支部の廷内は緊迫した空気に包まれ、遺族らは法廷や自宅で怒りに身を震わせながら求刑を待った。
緒方被告は午前10時過ぎ、地裁支部2階の204号法廷に白いセーターにジーンズ生地のジャンパー、黒いスカート姿で入廷した。傍聴席に視線を向けた後、長いすに背筋を伸ばして着席した。
続いて松永被告が紺のスエットウエアを着て入廷。含み笑いを浮かべながら緒方被告とやや離れた席に座り、傍聴席にはまったく目を向けなかった。
検察側の論告が始まると、緒方被告は真正面をじっと見据えて聞き入った。松永被告は渡された論告書を手に、検察官の言葉を一語一語確認するように目で追ったり、ペンで書き込んだりした。上体を前後に揺すり、落ち着かない様子も見せた。
少女時に両被告から監禁の被害に遭った女性(20)の祖父(72)も傍聴席に座り、硬い表情で聞き入った。
1月26日の第72回公判まで時間の許す限り傍聴したが、なぜ残忍な犯行が繰り返されたのか、今も理解できない。前日の1日には「真実を話そうとしない松永被告をたたきのめしたいと何度も思った。犯行を止められなかった緒方被告も同罪。2人とも死刑以外は考えられない」と怒りをあらわにしていた。
北九州市小倉北区の監禁連続殺人事件の論告求刑公判が2日午前10時5分から、福岡地裁小倉支部(若宮利信裁判長)で始まった。殺人罪などに問われた松永太(43)、共犯の緒方純子(43)両被告に対し、検察側は「被害者を金づるとし、利用価値がなくなった後に殺害した」と指摘した。午後の論告読み上げ終了後、それぞれ極めて厳しい刑を求刑するとみられる。4月27日に緒方被告側、5月11日に松永被告側の最終弁論が予定されており、判決は早ければ6月にも言い渡される。
両被告が起訴された殺人事件は緒方被告の家族ら計7件。松永被告は緒方被告の父誉(たかしげ)さん事件を傷害致死罪の範囲で認め、残る6件については無罪を主張。緒方被告は5件の犯行を認め、「すべて松永被告の指示だった」としており、両被告の共謀関係の立証が最大の焦点となっていた。
検察側はこの日の論告で、「善悪のたがが外れた発案者(松永被告)と、その指示にひたすら従う忠実な実行者(緒方被告)として、車の両輪と言える関係」と指摘。犯行は両被告が一体となって行ったと強調した。
監禁被害女性の父殺害では、「金づるとしての利用価値が喪失し、足手まとい以外の何物でもなくなった」と動機を説明。「浴室で勝手に転んで死んだ」とする松永被告、「死ぬとは思っていなかった」とする緒方被告を「見るも無残なほどに衰弱した女性の父に虐待を加え続ければ、健康を害し、死に至ることは十分に予見していた」と厳しく非難した。
 さらに、遺体解体について「わが国の犯罪史上例を見ないほどに完ぺき」としたうえで、「髪の毛1本たりとも残さない徹底ぶりは場当たり的な思い付きの産物ではなく、殺害が以前から周到に計画されていたことを示すもの」と計画性を指摘した。
一連の殺害指示を否定する松永被告のこれまでの供述については、「時には死者を冒とくする内容さえ含むなど、この期に及んで言語道断。不自然かつ不合理な変遷を繰り返しており、取るに足らない弁解だ」と切り捨てた。
そして、松永被告を「誉さんの遺体解体を家族に行わせることで犯罪者意識を持たせた後、順次、緒方一家を家族で殺害させるという悪魔のごとき発案をした」と批判。緒方被告についても「しばしば松永被告の指示に抵抗したが、最終的には忠実に遂行しており、共同正犯としての刑事責任を負うことは当然だ」と述べた。
初公判は2002年6月に開かれた。しかしその後、殺人容疑での逮捕が相次いだため、公判期日を延期。03年5月の第3回公判で殺人罪の審理が始まった。最後の殺害事件の起訴は同年6月。最終起訴から2年以内の1審判決を目指す裁判迅速化法に基づき、同年10月からは週1回のペースで集中審理し、これまで72回の公判が開かれている。

福岡高裁傍聴記

日時

2007/05/14 1000~16時すぎ

場所

福岡高裁 501号法廷

罪状

監禁致死、詐欺、強盗、殺人(認定罪名 傷害致死)
検察官から緒方へ質問がはじまりました。
なんとなく、高裁の検察官(裁判官もですが)はロボットめいた感じで、もう争いなんてないだろう、ハイ棄却という無気力なイメージがありますが、こちらの検察官は質問とかけっこう熱心で、地裁の検察官みたいです。
傍聴しているほうも熱が入ります。
「12月4日に出されたナカタニ教授の鑑定、、意見書の中にあなたとの問答がありますが、それに対して質問します。
鑑定書の中に、『松永に対する認識、感情の変化』という項目があるのですが、その中に『松永を見限ったきっかけ』と記載された箇所それについてくわしく説明してくれますか」
どうも、緒方の精神状態をどこかの教授が診察?面談して、鑑定書にまとめているようです。「母のこと、松永の口から話してくれるのではないかという期待がありました」
期待とは何か?という問いには
「どうしてこういう事件が私がやったことに間違いないけど、なぜ、こういう事件に
なぜ母が松永の言いなりに、父も反抗もせずに取り込まれていったのか分からないんです。松永が話さない限り何も真相が分からなくて、松永が話してくれるんじゃないか、って、本当のこと知りたくて、期待していたんですが、松永は都合の悪いことは言わないだろうと思って」要するに松永が何も話さなかったことに対して失望したようです。

検察官が続けて質問します。
「いや私もね、なぜ緒方一家が取り込まれていったのかが知りたいんですが、また、それに対して、なぜあなたは傍観してたのか?
松永が長崎に住んでいる(?)と言って、金を無心してたの知ってますよね。それも合わせて松永が緒方家から借りたお金は1550万円以上になるんですよ。
あなたそれ知ってましたよね?知ってたのに、傍観してたの、どうしてだろう?」
検察官は、なぜ緒方が松永にずっと従ってきたのか、そこのところを知りたいようです。

緒方 「簡単には説明できないですけど言い訳になるので」
検察官 「あなたも、この場でたくさん言いたいことあるだろうと思うんですよ」
緒方 「分かりません」
検察官 「由布院を出るときのこと聞きますけどね」
緒方は一時松永のところから逃げ出して湯布院の温泉宿で住み込みで働いていましたが、緒方一家と松永の芝居で連れ戻されます。
芝居の内容は検察官があとから述べます。

検察官 「私の聞きたいのは、形としては、暴力に耐え切れず逃げてきた、それで、ちょっと手紙読むと」まず、その手紙の前に、松永の遺書が読まれ、次に、緒方が温泉宿を出る時に、お世話になった宿の方にあてた手紙が読み上げられました。

検察官 「遺書の内容はね『まさか俺が死ぬとは思わなかっただろう、でも本当だ。俺は死んだらお前の中に入っていくことができる、そしてずっとお前と子供を守っていく』、、、
あなたが湯布院の宿を出て行く時に女将にあてた手紙の内容は『今はこうなってしまって人は笑うかもしれませんが、でも、私も主人も、やっぱり愛しているのだと思います。
おなかが張って苦しい時があったのですが、そのとき彼が私の中に入ってきたのだと思いました』」

緒方 「それは、創価の集会出たとき、具合悪くなって、当時、そう思って」
検察官 「(遮って)私のひっかかるのは、ここ!!『やっぱり愛しているのだと思います』これ当時の心境?」
緒方 「分かりません女将に本当のこと言えないから、もちろん本当の事書けないけど、、、擬似的なものだったのかもしれません」
検察官 「松永が死んだと聞いて戻りますよね?」
緒方 「タクシーの中で、ホントかな、と思ったんですが」
検察官 「ところがそれが、うそだった。緒方一家が狂言を演じ、押入れの中に松永が入ってて、飛び出してきて乱暴したんだよね?家族は遺書を読み上げたりなんだ、うちの家族は!という怒りや恨みをね、普通なら感じるのではないですか?」
緒方 「なかったです松永がそういう風にすれば、みんなそうなるというのは、自分も経験してるし、家族もそうなるのが分かるので
家族にも迷惑かけたから申しわけないという気分もあるんですが、自分でもよく分かりません」
検察官 「松永があなたの家族から1500万以上借りて、さらに3000万の金を無心していたのを傍観してたのは、その辺に原因があるの?」
緒方 「違います松永に余計なことを言えない、逆らえない、どうなるか分からないという恐怖があり、それで傍観していました。逆らわないのが賢明だと思って、そのようにしてたから、、、周りに関しても、そう思っていました」

検察官 「湯布院事件の頃、松永はまだ緒方一家に暴力ふるってなかったですよね?
あなたが思っている感情と、一家が思っている感情は、違うと思うんですが」
緒方 「ワールド(布団詐欺会社)の頃からそうなんですけど肩書きのある人を言いなりにしてきたのを見てるので、どんなことを家族に話しているのか分かりませんが、そういう状況で家族を責められないです」
検察官 「もっとさかのぼって、第4回公判でのあなたの供述松永の暴力をなぜ家族に相談しなかったのかと言う質問に『相談したら迷惑になると思ってた』と答えてますよね。
実際相談して迷惑かかったことあるの?」
緒方 「先に相談した事実はないですが、勝手に思っていたわけでもありません。。。
私は叔母に松永のことを話したことによって、叔父や叔母に松永が電話を入れ、浮気してるんじゃないかとか、電話させられた事実がありました(この辺いつの出来事かよく分かりませんでした)関わり合いになった人はみんな迷惑すると思い込んでいました。当時は私の裸のポラとか、松永の手にあって、もう先がないと思ってました。暴力も耐え難かったすごく見張られているような気がしていました」

鎖で繋がれているわけではないのになぜ監禁現場から逃げ出せなかったのか、なんで家族を殺しちゃったのかと思うと思うのですが(私もそう思います)、そこの、監禁されたことがない人間からすると一番分からないところ、この事件の核心に、徐々に近づいている感じがします。緒方が握られていた弱みは裸のポラですが、緒方の母親、静美さんは松永と肉体関係にあったこと、緒方の妹、理恵子さんは高校時代に中絶したことが松永に知られてしまったことが、家族の中での大きな弱みになったのでは、と緒方は証言していました。
松永はこのように家族の弱みを握り、家族をコントロールしていたようです。

また緒方は妹が婿養子を取って家を継いだことに対して負い目を感じている、松永が「緒方は別府で人を殺した」というウソをついており、そのことが家族にとって「殺人者の娘をかばってくれている」という負い目になったのではと証言していました。

続いて、なぜ由布院から連れ戻された時に緒方は家族に対して本当のこと(暴力を受けていたり松永が詐欺の前科を持っていることなど)を話さなかったのかという質問になりました。
緒方 「由布院か、門司かからもどってきて、妹だけしかいなかったんです。話して助けてもらえるかというと、そうではないし」
検察官 「妹から話してもらえるのではと思わないの?」
緒方 「松永の話につられて芝居までして私を連れ戻したので、私のことを信用してくれるとは思ってなかったのと、本当のことを話すのが恐かったです。松永に対する恐怖心が強かったんです」
検察官 「湯布院事件の直後は、まだ松永の取り込みはそんなに大きくない時期ですよね?何か言えたのではと思うんですけどね?」
緒方 「恐かった家族がいない間に集中して通電受けてるんで、恐かったです」

また話は飛び、緒方の事件に対しての記憶の程度についての質問になりました。
父親の誉さんが通電されるきっかけになった出来事については記憶がないそうです。
緒方 「記憶がないので翌分からないです。。。冷蔵庫のことで私が責められて、風呂上りだったので、体が濡れてたらよく電気が通るので、よく拭いて、怖いっていうのは覚えています。前に通電で気絶した時も体が濡れてたので」
緒方は一連の流れの中で、記憶のない箇所がいくつかあります。

続いて通電の話になりました。
通電で失神した人は他にもいる、また、緒方の目の前に鉛筆を突き立てられ、「今度倒れたらこれで口をあける」と言われ倒れられないようにプレッシャーを受けた、唇にクリップをつけられて通電されたこともあり、他の家族も同様の方法で通電を受けたことがあると証言していました。

左陪席裁判官からの質問になりました。
左陪席裁判官(以下 左)「答えにくいかもしれませんが、、、なぜ、暴力を、付き合い始めてから加えられていたのに、松永から逃げることができなかったのか、、、長い期間思ってたことと、今思ってることは多分違うかなと思うんですね。区別して言えるのであれば、当時はこう、今はと言えるようであれば行ってほしいんですが」
緒方 「当時は松永に負い目がありました。私のために全て犠牲にしてくれていると受け取ってました。一途な松永の気持ちを裏切っていたということで暴力を受けたので、甘んじて受けてた受けるのはもちろん初めてですし、いやで、恐かったです。逃げたいという気持ちも確かにありました。でも、私自身の性格として、暴力が恐いから逃げる、とか、できないとこあって、それで、受け入れていたと思います。
あとは、今ノートみて思ったんですが、その頃ひどい暴力受けてたけど、それとは別に優しい言葉をかけていました愛してると言ってみたり、暴力と交互に繰り返されてました。そうなると我慢しなきゃと思ってたと思います。当時の記憶として、暴力を受けるから逃げるのは卑怯だと思っていたのは間違いないです。今は、騙されてたってこと、分かるけど、当時はそれが分からなかったです」

左 「負い目についてですが、、、松永が歌をあきらめるというエピソードの他にはありますか?」
緒方 「自分で会社おこして、大きくしていってと、話聞いてたんですが、それをお前のために辞めるって言って、、、会社辞めてどうするの?って聞いて、それで音楽って言ってて、心配しなくていいって話をしてたんですが、最終的にそれも諦めるってなって、私のせいで、、と思っていました。あとは私が家を出れないって言ったら、やめて、養子に行くと言いました」
左 「そのようなことが負い目となって逃げられないというのがよく分からないんですが」
左 「暴力も愛情だと思っていたんでしょうか?」
緒方 「ある一定の時期まで」
左 「自殺未遂以降も松永と一緒にいようと思った要因には何があるんでしょうか?」
緒方 「未遂の前に、10年っていう言葉がありました10年我慢すれば、暴力なくなるんじゃないかって問題起こして、10年くらいしたら忘れてくれるかも、とただ私の素行で暴力を受けてたから、分かってもらえれば受けなくなるだろうと思っていました」

緒方の素行が悪いんじゃなくて松永がおかしいんだよと思いますが、緒方は今でも素行が悪いと思っているのでしょうか

左 「自殺未遂以降も愛してたんですか?何をされても我慢しようと?」
緒方 「愛してるかどうかっていうのは今振り返るとずるい部分もあったと思います。写真があったし、刺青入ったりして(緒方は松永に命令されて自分の太腿に『太』と刺青を入れています)、普通にしてたらできないと、一般的な結婚ができないと、一生日陰者だと思ったので」
左 「それで、松永についていくと思ったんですか?」
緒方 「たぶん」

左 「なぜ松永から逃げられないと思ったんですか?」
緒方 「新しい家庭を築くのが不可能だと思いました小さい頃から養子をもらってと言われてたから、私自殺までして、こういうことあって、そういう人間に、養子に来てくれる人はいないと思いました。
結婚できないなら、松永とって思う部分があったけど、松永からは『お前とは結婚しない』って言われてました」
左 「なぜ別れなかったんですか?」
緒方 「そのとき、サインした書面に、私からそれを言ったら、写真をどう使われても文句いえないって書いてあったので」

脅迫されていたようです。

「松永から離れたら何をされるか分からないっていう、漠然とした不安がありました」

検察官から再び質問があり、主也さんがなぜ取り込まれたか分かる?と聞かれましたが
「私もよく分からない危機感なく、一緒に過ごしているときに、少しずつ、松永支配っていうんですか?進んでいって、逆らえなくなって、その中で漠然とは分かるんですが、そこまでなぜ?と言われると、普通で考えられるような動機付けができないです」

緒方がちいさな声で、ゆっくりと供述している間、松永はずっと変なメガネをかけてそわそわしながら書類を見ていました。

論告書より

緒方一家の暮らしぶりは昼夜の逆転した生活。一家六人は台所で雑魚寝させられ、平均睡眠時間は3、4時間だった。起きている間は台所に立ち続けなけていなければならない。トイレの使用は松永の許可制で、しかも一日1回。小便はペットボトルにさせられ、大便する際、便座に尻をつけることは許可されなかった。食事はごく少量で一日1回。時間制限されたうえ食事する際は全員、床に尻をつけることも許されなかった。違反すると通電暴行をあえて他の緒方一家の面前で行い、見せつけていた。通電を受けているものをかばった者は松永の次なる対象とされた。松永は誉氏に塩を山盛りにした米飯を食べさせたり、優貴君をのぞく全員に対しサディズムの象徴ともいえる乳首や性器への通電行為を行った。

論告書より

気丈なところがある静美さんの抵抗を警戒した松永は、まず浴室に閉じ込めて静美さんに
通電虐待を集中させた。食事や水を拒否し、衰弱著しい静美を純子は主也、理恵子と
一緒に首を電気コードで絞め殺害した。「松永は主也さんに『お前が絞めろ』と名指しで言い、理恵子には『足を押さえなさい』と言ったと記憶しています」(純子証言)
静美さんの遺体の解体は98年2月上旬までに終了した。緒方の供述によれば「静美が便秘していたため腸内に多量の便が詰まっていたことと、皮下脂肪が多くて切りにくかったと理恵子がこぼしていたということが印象に残っている」

公判記録より

マンションの部屋は10畳ほどのリビングと隣接する6畳二間に分かれている。浴室の窓という窓は黒のビニール袋で厳重に目張りされた。久美雄氏が死亡した翌日緒方純子と沙織さんの二人で包丁、ノコギリ4、5本、鍋、消臭剤などの解体作業の道具を買った。解体作業のほとんどの場合、まず死体の首を切り落とし、体温に近い湯槽の中に身体を浸し血抜きを十分に行った。次にその身体を切り刻み、肉のブロック片にして臓器類と一緒に大鍋で煮た。
そうして骨と肉を分離した後に骨はさらに細かく切断してクッキーの空き缶へ、煮汁と肉片
はミキサーで攪拌し「焼肉のタレのような」(松永証言)ドロドロの液体にしてペットボトルに詰め替えられた。最初に解体された久美雄氏に限り、作業完了までに一月かかっている。

松永の供述

松永の供述によれば「あるとき久美雄さんのまわりに大便らしいものが落ちていました。これは大便ですかとたずねると『いや違います』と。では食べられるのですねというと『はい、食べれますよ』と意地をはって本当に食べてしまいました。決して強要したわけではありません」

松永の供述

「私(松永)はこれまでに起こったことは全て他人のせいにしてきました。私自身は手を下さないのです。なぜなら、決断をすると責任をとらされます。仮に計画がうまくいっても、成功というのは長続きするものではありません。私の人生のポリシーに『自分が責任をとらされる』というのはないのです。(中略)私は提案と助言だけをして旨味を食い尽くしてきました。責任を問われる事態になっても私は決断をしていないので責任を取らされないですし、もし取らされそうになったらトンズラすればよいのです。常に展開に応じて起承転結をかんがえていました。『人を使うことで責任をとらなくて良い』ので一石二鳥なんです」
 無類の女好きである松永に若手美人検察官が投入され、調子にのってこのポリシーを雄弁に語ったらしい。

詐欺については容疑

松永は詐欺については容疑を認めており「詐欺は最高のテクニック」と豪語している。松永には多数の愛人がいたが、まだ暴力を受けていない女性は「あの人がそんなことをするはずがない」といっていたという。どんなにささいな愚痴話も真剣にきいてくれたという。
実際、亡くなった静美さんも「あの人(誉)は世間体ばかり気にして」と松永に家族の愚痴話をしている。また理恵子さんにしても、主也と結婚する前に違う男性と間の子供を堕胎していたという話を松永にしている。理恵子の大親友にさえもしていなかった話を松永は聞き出しており、松永のその才能に驚くばかりである。

供述調書

中学3年時の担当
「目立ちたがり屋でワンマン、リーダー的存在。周囲に有無を言わせず声が大きく、威圧感を
与えるタイプ。『俺はいつでも松下幸之助と連絡が取れる』とか、すぐにホラを吹きました。取り巻き連中を作り悪さも取り巻きにさせていました。家庭訪問をしようとしても、うちは話すことがないからと断り続けれので結局行くことができず、両親がどんな人なのかわかりません」
と話している。

公判記録虎谷久美雄殺害の状況

マンションの部屋は10畳ほどのリビングと隣接する6畳二間に分かれている。
浴室の窓という窓は黒のビニール袋で厳重に目張りされた。虎谷久美雄が死亡した翌日
緒方純子と虎谷沙織の二人で包丁、ノコギリ4、5本、鍋、消臭剤などの解体作業の道具を
買った。解体作業のほとんどの場合、まず死体の首を切り落とし、体温に近い湯槽の中に
身体を浸し血抜きを十分に行った。次にその身体を切り刻み、肉のブロック片にして臓器類
と一緒に大鍋で煮た。そうして骨と肉を分離した後に骨はさらに細かく切断してクッキーの空き缶へ、煮汁と肉片はミキサーで攪拌し「焼肉のタレのような」(松永証言)ドロドロの液体にしてペットボトルに詰め替えられた。最初に解体された虎谷久美雄に限り、作業完了までに一月かかっている。

メイン芳華の階下住人の証言

遺体は包丁やノコギリで切り刻まれ、大鍋で煮込まれたうえ、ミキサーでドロドロになるまで攪拌。この煮込み作業の間、台所から終日、レバーを煮たような匂いが漂った。
犯行現場になったマンションの住人たちは深夜から明け方まで続く物音やノコギリをひくような音、そして凄まじい異臭と下水管の詰まり、ゴキブリの大量発生などに閉口している。
さすがに堪り兼ねて階下にすむ男性が一度、苦情を伝えたところ、夜中に、その男性の部屋の前に小便をされるという嫌がらせが何度も続いた。
間抜けなことに小便の跡には長さ約26cmの男性の靴跡が残され、松永らの住む階上の部屋(303号室)まで点々と続いていたという。「男がおろうも!出て来いっ!!」激怒した男性は33号室のドアを蹴り上げ怒鳴りつけた。
小便事件、階下男性の抗議行動からほどなくして今度は階段の踊り場など誰かが大便をして放置するという事件が起こった。「明らかに犬のものやない。こりゃ、もう変質者の仕業やけね。もう、いら事は言うなと・・・・松永はいつも薄汚れた恰好をして、ジャンパーを着て帽子を深くかぶってた。怒鳴り込んだときは、トイレの方に隠れて出てこんかったね」

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