少女A(仮称虎谷沙織)

1981年生まれ。98年当時17歳。2010年現在29歳。
松永は「父親の悪いところを10個書いて報告しろ。そうしないと電気を通す」などと言って欠点や悪事を見付けて報告するように強制した。そのためのノート(「ちくりノート」)を常に携帯させた。
「お父さんは金を集めるのが仕事、お前はお父さんが悪いことをしていないかチェックするのが仕事」と教えこんだ。人間は些細な事でも役割を与えられるとそれを遂行しようと考える。仕事を達成したとき適度なご褒美(アメ)を与え、サボると叱責(通電)を加えた。そうすることにより親子関係は寸断しお互いが松永を中心とする社会を形成していった。
父親の遺体に噛み付き歯形を残す。※虎谷久美雄の欄、参照。
その一方、小学生の頃から松永に犯され性奴隷に。そのため、緒方純子の虎谷沙織に対する憎悪はすさまじく、最後まで最も仲が悪かった。しかし、虎谷沙織は緒方純子ほどは虐待されておらず、最後まで生き延びた。セックスに関しては松永の最もお気に入りだった。
純子による、父親殺害後の監禁生活中も小学校、中学校へ通学。中学3年で欠席190日。高校へは進学していない。
全裸の写真を撮られ、逃亡した際は雑誌やネット上にばら撒くと脅される。また、ばら撒くことに同意する念書も作成させられていた。
2002年2月15日深夜から3月6日早朝にかけ、小倉北区東篠崎一丁目のマンションの一室に少女Aを監禁し、純子は首をひもで絞めたり、殴るけるの暴行を加え、少女にペンチを渡し「自分で足の爪(つめ)をはげ」と命令。右足の爪をはがさせるなど虐待を続けた。これが義理の祖父を通じ、警察へ通報する最後の虐待であった。次は自分が殺される番と悟ったのだろうか、マインドコントロールが解け祖父へ助けを求めた。なお、少女殺害の後は純子の自殺で完全犯罪を計画していた。98年現在17歳、2010年29歳。
供述前に「私が法廷で証言したら、二人が飛び掛ってくるかもしれない」「二度と世の中に出てこれないようにしてほしい」と祖父に話した。
公判の証言はビデオカメラを通じ別室で行われた。

どうして少女A虎谷沙織は逃げなかった?

純子から「今度逃げたら、お父さんのところに連れて行くよ。簡単なことなんぞ」「逃げても、探偵を使って探し出すよ。見付けたら打ち殺すよ」などと恫喝されていた。
一方で、純子に全ての責任を負わせ自殺させた後は「緒方純子を捨てて俺と逃げよう」と松永に言われていた。
「生活養育費として緒方純子から借用した2000万円につき、利息と元金最低5万円の合計金額を毎月支払う。逃走した場合借用金は4000万円になる」旨の金銭借用証書を作成させた。
身体に通電し「血判状を書いてもらわないといけんね。カッターで指を切って、血で『もう逃げません』と書いて。切らんのやったら電気を通すよ」などと脅し、沙織は自らその右手示指をカッターナイフで切らせ、その血で「もう二度と逃げたりしません」などと書いた誓約書を作成させた。

虎谷沙織の逃げる前の状況

「5分以内に右足親指の爪を剥げ」「あと1分しかないぞ」などと申し向け、自らラジオペンチでその右足親指の爪を剥離した。
純子により首を洗濯紐で絞められ、その後も連日のように、身体に通電されていた。
「18歳になったら風俗譲として働いて今まで育ててやった費用を返せ」と松永、純子に顔を殴られていた。

虎谷沙織が逃亡できた要因

常に愛していた父親の写真を携帯していた。監禁、通電されながらも常に希望を失わなかった。そこが緒方一族との違いといえる。

虎谷沙織の夢

美容関係の専門学校へ行く。
18歳になったら車の免許をとりたい。
ワープロの勉強をはじめたい。
児童相談所を出て、普通の生活に戻りたい。
2007年現在、26歳の時、機械工場で働きながら一人暮らし。精神的には落ち着いているが、楽しげな家族連れをまぶしそうに見つめ「親子っていいね」とつぶやいたという。

虎谷久美雄の姉(仮称虎谷千草

虎谷久美雄の死亡の後、松永から結婚詐欺の被害にあう。なお、監禁や拷問などはまだされていない。

祖母誉(の母)

事件の直接の被害者ではないが、緒方家を知る上で重要人物。
緒方家で一番力があり、理恵子へは子供の頃から躾に厳しく口うるさかった。
嫁にあたる静美ともずっと不仲、嫁姑のケンカが絶えなかった。

信販会社所長桂五郎(仮称)

松永の経営するワールドと加盟店契約を締結していた信販会社柳川営業センター所長。ワールドの事務所に呼び付けて接待し、昼間から飲酒させて、その姿を写真やビデオに撮影して弱みを握られる。桂に対し「写真を本社に送る」などと脅した上、ワールド顧客の信用審査を甘くしたり、契約の決裁を早くしたりするように働きかけた。

事件のその後

弁護士は福岡県警の捜査本部に対し「少女Aが、父は二人(両容疑者)に殺された」と供述している点について「少女は虚言癖がある」と全面的に否定。
さらに弁護士は「警察の捜査は少女の話をうのみにした勇み足ではないか」と語った。
弁護士によると、両容疑者は「部屋の合鍵や現金などを渡し、買い物にも行かせていた」「少女は普段から自分の顔を自分で殴ったり、ペンチで体をつねったりする自傷癖があり、手の爪(つめ)をはがす癖もあった」などと話し「監禁、傷害は成立しない」と全面否認。
一審で松永、緒方純子ともに死刑。二審では松永、死刑。緒方純子に無期懲役。
松永は「殺害の指示も実行もしていない」と一貫して無罪を主張。
純子は当初の黙秘から「どのような刑でも、全て受け入れる」と前面自供に転じる。
純子は「首謀者松永による絶対的な服従関係により責任総力はなかった」と無罪を主張。
裁判官は「松永の支配から逃れる機会はあった」「主体性を失ったとはいえないが、松永なくして犯罪はなかった、事件の解明に協力した」として一審の死刑を破棄して無期懲役に。
元最高検検事土本武司は全ての裁判を傍聴した上で「実行行為をした(純子の無期懲役は)妥当な量刑とはいえない」と批判している。
純子は女性団体(家庭内暴力の被害者を救う会)から支援を受けている。
死刑制度の反対を訴える団体からも支援を受けている。
ネットの書込みでは「松永は三度の死刑でも甘い」「松永は通電してから死刑にするべき」「殺された人を思えば、純子も死刑にするべき」など厳しい意見が多い。
ネットの掲示板で松永と純子に接見した女性の書込みがあった。
松永の印象は「記憶力が良く、他の分野でも大企業の管理職など成功できたはず」
純子の印象は「自分のことよりも人のことを思いやれることができる素敵な人です」
純子は「自分の遺骨は残さないで欲しい」と接見した女性に言っている。
現在、松永、緒方純子の子供二人は石丸の姓を名乗っている。経緯は不明。名は一樹(仮称)北九州市内の児童保護施設に在籍。
公判中、冒頭陳述で一度、息子二人の実名を読み上げた。これは「被告人両名の身上」で「1993年1月に長男~を96年3月に次男~をもうけるなど夫婦同然の関係にあった」と陳述したため。これに対し、緒方純子が「どうして、私の子の実名が出なければならないのでしょう?被害者の方は名前が伏せられています」と語り、次に、松永太が迫力のある大声で「子供のことについては、純子が言うように、問題があるんじゃないですか!」と同調した。
結果、裁判長が「これからは長男、次男とします」となり、検察官も「松永には前妻とのあいだに長男があり、そのため名前を出したが配慮にかける面があった」と釈明した。

松永純子の息子、双子の生活

少女A(仮称虎谷玲子)は小倉北区泉台一丁目のアパートで、保護された男児四人の世話をしていた。その際、松永は外出先から男児に携帯電話で少女Aの様子を尋ね、面倒見が悪いときなどは男児に「(少女を)たたけ」と、たびたび命令。少女Aが抵抗すると、純子は通電を加えたとされ、17歳の少女Aは以後、世話をしていた5歳の男児の暴力に耐え続けたという。
久留米市には緒方容疑者の住民票が残され、93年と96年に生まれた二人の男児が記載されている。学齢期を迎えた男児の小学校入学手続きはとられていなかった。この二人の姓名は、児童相談所に保護された自称「いしまるかつき、九歳」「いしまるまなぶ、五歳」とは違うという。しかし県警は、年齢の一致点などに注目。保護された二人が緒方容疑者の子どもの可能性もあるとみている。その後DNA検査で確定する。
長男は母親である純子に対しても背中を殴るなど松永から指示され、暴行していた。
長男は松永逮捕時、小学4年生だが、就学経験がないので3年生から就学した。長男は「人生をやり直したい。0歳からやってみたい」と話した。
虎谷久美雄がスノコの檻に監禁されている前で松永の子供の誕生会などを開催していた。
西川直美(仮称37歳2002年当時)は、夫と双子と佐賀市内で生活していたが、夫の暴力から、2000年夏に双子を連れて家出。北九州市内で仕事を探し、立ち寄った同市内の飲食店で(偽名野上恵子と名乗る)緒方純子と知り合った。野上は身の上話をよく聞いてくれた。野上は「私も夫とは不仲」と話をあわせ、共通の悩みからメール交換をするうちに野上(純子)を信頼するようになる。直美はその後、徳山市内の飲食店に就職したが、仕事と子育ての両立が難しくなる。2001年8月から双子(当時5歳)を野上恵子(緒方純子)に預けていた。双子と、松永との息子の世話のため小倉北区泉台のアパートを借りる。純子は周囲に怪しまれないように西川の双子にお母さんと呼ばせていた。少女A(仮称虎谷沙織)も双子の世話をしていた。
ここで双子に虐待があったかどうかは不明。なお、西川直美(仮称)はここで双子が育てられていることを知らなかった。直美は養育費ではなくて、必要経費として15万円から20万円を緒方に渡していた。毎月の経費の受取には少女A(仮称虎谷沙織)も同席した。
虎谷少女が警察に逃げ込み、松永、純子が逮捕されると北九州市児童相談所(八幡東区)により双子は保護される。母親は約三時間にわたり交渉、息子二人への面会を求めたが「母親である証明がない」「手続き上、会わせられない」などの理由で面会を拒否される。

双子と母親のその後

2002年3月14日、西川直美(仮称37歳2002年当時)の面会が実現。直美が純子に預けてから半年。短い時間だったが、二人はうれしそうな顔を見せ、「今度はパパと一緒に会いに来てね」と願ったという。親の都合で事件に巻き込まれ、いたいけな胸を震わせてきた二人の小さな望みは、果たして実現するのだろうか。十三日午前、児童相談所は「息子たちに会わせてほしい」と訪れた母の要求を拒絶した。午後、再び交渉したが結果は同じ。「弟に仕事を休んでまで来てもらったのに…」。佐賀市在住の父親(37)が十日に面会を済ませていただけに、直美は「なぜ」と落ち込んだ。冷たい仕打ちのように映った相談所の対応だが、会わせる方向での準備も進められていた。母の写真を撮影し、まず父に、次に双子にも見せて母であることを確認。こうして14日午後、面会が実現した。面接室に入った母は息子を一人ずつ抱きしめ「重くなったね」と絶句。おもちゃ遊びや母が持参した絵本に夢中になる二人を見ながら「元気だった?」「いっぱい食べてるの?」と問いかけた。その間、約30分。別れ際、母が「また会いに来るね」と話しかけると、一人が言った。「今度はパパと一緒に来てね」だが、現時点でその実現は難しい状況だ。母は「息子たちを引き取りたいが、夫に会うつもりはない」と言う。一方、父も二人を引き取る意向を示し、相談所は「親権をめぐって家裁での調停もあり得る」と話す。その争いが決着しない限り、相談所での生活が続く見込みだ。面会した当時(2002年4月)双子は小学生になる。2010年現在、中学1年生。

偽名について

監禁のマンションの契約には松永は桜井と虎谷少女の伯母名義で契約。虎谷少女の祖父(69歳2002年現在)に対しては松永は宮崎、緒方容疑者は森、双子の母親には野上恵子と名乗る。
松永純子の子供も「いしまるかつき(9歳2002年現在)」「いしまるまなぶ(5歳同)」と偽名で生活させている。子供は両親を「おじちゃん、おばちゃん」と呼んでいた。
偽名の付け方は病院の受付で自分に年齢が近い同性の保険証を盗み、盗んだ保険証の氏名で他人になりすます。賃貸マンションは盗んだ保険証の氏名で契約した。

布団販売業ワールドについて

松永は昭和60年4月ころ、銀行から父親名義で約5000万円の借金をして事務所兼自宅ビルを新築する。また、複数の女性と交際するなどの派手な生活。ワールドの経営はますます苦しくなり、多額の借金を重ねた。従業員らに指示して、名義貸契約や架空人名義契約を繰り返させた。従業員ら自身や親族、知人名義で複数の金融機関等から多額の借金をさせ、ワールドのの債務の支払に充てさせた。
松永は昭和61年ころから緒方純子ををワールドで事務員として稼働させるようにな
り、松永の前妻と共にワールドの事務所兼自宅ビルに居住させた。純子も松永のために役に立ちたいとの思いから、ワールドのために、自ら複数の金融機関から多額の借金をしたほか、両親や親族らに対し、金を無心したり寝具の購入や名義貸契約を締結させたりした。
ワールドの事務所で従業員らに対し、販売実績が上がらないなどの理由で、手拳、電話帳、バット等で殴る、足蹴りするなどの暴行を加えたほか、正座させた状態で足を踏み付ける、喉に手刀を打ち付ける、「四の字固め」をかける、指を反らす、白米やインスタントラーメンだけの食事を強いる、大量の白米を無理に食べさせる、食事時間を制限する、3日間くらいの絶食を強いる、水風呂に入れるなどの暴行や虐待を日常的に繰り返した。
緒方純子も、松永から直接、あるいは松永の指示を受けた従業員から暴力を振るわれた。
緒方純子自身も松永の指示を受けたときはそれに従い、従業員らに対し暴行や虐待を加えた。
松永は、昭和60年5月ころ、従業員明石(仮称)が従業員桂(仮称)に対し電気コードを二股に割き、むき出しにした針金を腕等に当てて通電したと聞き知るや、自らも同様の方法で、中田、坂田、前田(すべて仮称)ら従業員らに対し、その手足、胸、背中、肩、顔面等に通電した。
次第に通電は従業員らが相互に進んでするようになった。
従業員らは、松永を怖れ、常に松永の機嫌をうかがって行動するようになる。
また、松永が従業員相互に暴力を振るわせたり、互いに監視させたりしたことから、
従業員らは相互不信に陥り、互いに密告を怖れて共同して松永に反抗することがで
きなかった。このように、ワールドの従業員らは松永に逆らうことができず、松永は従
業員らを意のままに従わせて支配した。

参考資料心理学的考察

ウィキペディアにURLあり。
学習性無力感
長期にわたって、ストレス回避の困難な環境に置かれた人は、その状況から逃れようとする努力すら行わなくなるという見解。学習性絶望感ともいう。
スタンフォード監獄実験
普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう事を証明しようとした実験。
ミルグラム実験
権威者の指示に従う人間の心理状況を実験したもの。

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